よく聞かれること 「双子って寝るのも同時なの?」 「いいえ、うちは一人が寝ると一人が起きます^_^;」顔も性格も似てないミックスツインズの日々を のんびり綴ってます・・・
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Posted by 海風
 
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坊主断念(^^ゞ
はは1人、所用で急遽博多へ行ってきた。
家を出たのはおチビ達がまだ寝ているうち。

その後のことは、ちちしか知らない。
ほのかとかいととちちの3人で、起きて、着替えて、朝ごはんを食べて、保育園へ。
ちちの報告によると、2人ともめちゃいい子で、自分で着替えてグズらずに登園したそうな。
普段はめちゃ手を煩わせるくせにぃ(>_<)
ははがいない、という子供たちなりの危機感なのだろうか・・・。

博多から戻れるのは4時近く。
通常のお迎えは2時なので、園には延長保育をお願いしていた。
2時から3時半まではお昼寝TIMEで、それがなにより心配だった。
園でのはじめてのお昼寝。
一応おチビ達には言い聞かせておいたけど、普段のお昼寝も必ずははの添い寝だし、ちちでさえ寝かしつけは拒否されるのに、果たしてちゃんと寝れるんだろうか、と。

4時にお迎えに行くと、ははの心配をよそに2人は元気よく部屋から出てきた。
いつもより2時間も長かったのに普段通り。
お昼寝もしっかりしたそうだ。
それも、寝つきの悪いかいとが先に寝たらしい。
子供って親が思っている以上に順応性があるのねぇ。
いい子にしててくれてありがとう!

いったん家に戻って、すぐさまおチビ達のカットをしに美容院へ行った。
今日はなぜか、2人ともお兄さんに切ってもらいたいと言って譲らなかったので、仕方なく順番にカットしてもらった。
少し前まではほのかがAと言えば、かいとはBってなかんじでわざと違うことを言っていたのだけど、最近はほのかがAと言えば、かいともAと言って譲らない。
どっちにしても、くだらない争いで面倒くさぁ~(ー_ー)!!

本当はかいとを坊主にしたかったんだけど、いざとなるとやっぱりその勇気が出なかった。
妥協案で、いつもより少し短めにカット。
ここのところいつも髪を結びたがって女の子みたいだったので、少し男らしくなったかんじ。
ほのかは髪の毛が細くて毛先が少し痛んでたので、全体的に揃えてもらった。
七五三用に前髪を伸ばしはじめてたんだけど、美容師さんに相談したらどちらでも大丈夫というのでカットしちゃった。
この方が前髪を結ばなくていいから楽チン。
夏っぽくてさっぱりした2人です。
髪の毛切ったんだよぉ
ところで、博多に行ったのには訳があった。
子育てには全く関係がないんだけれど・・・。

とてもお世話になった、きっと私の人生で一番お世話になっただろう方の訃報を聞いたからだった。
62歳という若さでがんと闘って、この世を去った。
離れた場所からご冥福をお祈りしようと、初めは思ったのだけど、彼から教わったことやお世話になったことなんかをつらつら思い出しているうちに居ても立ってもいられなくなって、ちちにおチビ達の世話をお願いして博多まで行かせてもらったのだ。

彼は、私が20代の終わり頃に派遣社員として3年半勤めた会社の上司だった。
初めて彼に会った日のことを良く覚えている。
派遣会社の担当の方に連れられ、その会社に面接に行った。
その会社のメンバーは支社長である彼と、営業部員の2人だけで、その営業の人も休暇中だった。
彼はその面接で私を採用することを即決してくれた。
そして、すぐにこう言った。
「今から働いてもらえんか?」
これには私の担当の方もかなり戸惑っていた。
前代未聞だったんだろうなぁ。
結局、私はそのままそこに残り、終日働いた。
初仕事はコーヒーを入れること、だったっけ。
彼のみならず、その会社のほぼ全員が九州出身だったので、彼の話す言葉も本社からの電話も、半分以上意味がわからず異国にいるような1日だった。
そうして、終業時間になって、そのまま飲みに行って、カラオケして、家に帰ったのは深夜だった。
面接に行ったまま帰ってこない娘を家で待っていた母は、その話を聞いて呆れていた(^^ゞ

ほんとにたくさんのことを教わった。
仕事のことはもちろん、彼の勧めで読んだ本もたくさんあるし、飲めないお酒も散々つき合わされたし、今ではすっかりごぶさただけど競馬も教わった。
いったい、どんな職場なんでしょう(^_^;)

九州男児らしく口では男尊女卑を公言していたけど、ホントは全く違った。
「男でも女でも、社員でも派遣でも、そんなことは関係ない。
やりたいことがあればどんどんやればいいし、知りたいことがあればなんでも聞きなさい。」って。
その言葉通り、派遣の私にたくさんのことを教えてくれたし、いろんな場にどんどん出してくれたし、多くに人に会わせてくれたし、仕事も好きなようにやらせてくれたし任せてくれた。
そのおかげで自分に自信が持てたし、20代の終わりになってようやく自分のやりたいことを見つけられた。

彼が言っていたことで覚えていることがある。
「夫婦は何か1つでいいから共通の趣味を持ちなさい。そうすれば後は全然違うことをしていても大丈夫。」
奥さんにも「一歩家を出たら俺を探すな」とか言ってたみたいだけど、実際、休日には奥さんとテニスやゴルフを楽しんでいた。
私は結婚して以来、時々この言葉を思い出す。
“共通の趣味なんて、あるかなぁー”

最後に会ったのは、私が結婚してまもなくだったから5年程前だろうか。
結婚祝いにごちそうしてもらった。
その後、私は大阪に引っ越して、彼も佐賀に転勤になって、なかなかお会いすることができなくなってしまっていた。
そして数年前、彼ががんの手術をしたと、共通の知り合いの方が連絡してくれた。
びっくりしたけど、手術は成功したと聞いて安心してた。
ちょうどおチビ達が生まれてまもない頃で、気になりながらも日々に忙殺されて連絡しそびれたまま。
子供が生まれたこともきちんと自分の口から報告したかったのに・・・。

乾杯の一杯でさえ『日本酒』って人だったし、ヘビースモーカーだったから、こんなに早く逝ってしまったのだろうか。
告別式での奥様の病状説明によると、去年の夏ごろにがんが再発したんだそう。
それからは入退院を繰り返していたけど、今年の頭にはもう自力で歩けなくなっていたらしい。
あんなにスポーツマンだった彼が・・・。
そう思ったら、泣けて泣けて仕方がなかった。
年配の男性が多い告別式で、妙齢の、それもたった1人で来ている女が故人を偲んで泣いてるなんて、なんか変に思われるよなぁ(-_-;)
そう思いはしたものの、元気なうちにお会いしておかなかったことが悔やまれて、ただ泣けた。
まだまだ全然恩返しできてないよぉ・・・。

九州愛の強い彼は、日本茶も『八女茶』指定だった。
わざわざデパートまで買いに行かされたっけなぁ。
弔い酒、ならぬ弔い茶ってことで、明日にでも八女茶を買いに行ってみるかぁ。
Posted by 海風
comment:2   trackback:0
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comment
ご愁傷さまです
素敵な上司だったんだね。
残念だね。
大切な人を亡くすのは辛いよね。
気をおとさないでください。

話は変わるけど…
子供って状況をよくみてるし、適応能力あるよね
うちもそう。
私がいないといい子だし、保育園でも寝てくれるし。
私なんていないほうがいいんじゃないかな~って本気で思うことがあるよ
2008/08/18 13:28 | | edit posted by よしむら
No title
>よしむらさん
明らかに状況に応じて使い分けてるよね。
多分、ママが居ない時にいい子なのは諦めと不安感からだと思うんだよね。甘えられる人がちゃんと近くに居るってわかって初めて安心して甘えられるんだと思う。大人でもそういうとこあるもんね。
2008/08/27 11:54 | | edit posted by はは
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